
写真は東宝事業部発行の初版の本命版スカラ座館名入パンフレットです。
丁度『昼顔』で脂ノリノリだった頃のドヌーブ嬢なんであります。20代で30代の女性を演じる貫禄は流石大女優。しっかし、キレイですね〜(笑。おお、我が愛しのドヌーヴ…って、おまえはこの間までバーグマンラブラブなんじゃなかったのか、だと?
うるせえ、ワシはカネも徳も節操もないのじゃ!まいったか、はははは。
さあ、この映画の原作はセシルの『悲しみよこんにちは』で有名な、フランソワーズ・サガン6本目の小説『熱い恋』です。
「映画作品の話をするにあたり、原作云々を述べるのはまことに無粋である」とは、かの三島由紀夫先生のお言葉。蓋しご尤もにて候。
なれど本作『別離』にあっては、原作者サガン自身が(『死刑台のエレベーター』助監督のアラン・カヴァリエとの共同と云う形で)脚本に大きく関わっていたわけでございまして、因って今回ばかりは先生、何卒例外をお赦し願いたく存じ上げ奉りまする。
さて、私はどうも好きではないのです。誰がって、フランソワーズ・サガンです。成る程、破天荒の極みを得たこの姐さんの生き様にはいちいち感心させられますし、むしろ見習いたいくらいではあります。然し乍ら、彼女は齢18にしておよそ人間が欲しいと思うもの、地位、名誉、金、賞賛、愛人、これら全てを手に入れてしまったわけですから、四方や神に愛されるにも程がありましょう。
ここまででしたら「確かに羨ましいが人は人、我は我」で終わってしまうのですが、サガン姐さん、その先がよろしくない。
金に倦んだ生活の果てに、すっかり人間性が歪んでしまったわけです。
勿論ですが物書きなる人種は須く、我が強く、負けず嫌い、ナルシスト、でもってアタマのどっかしらがイカれている、以上のどれか二つは持っているものでしょう。おまけにかようにした自身の歪んだ人生観を、さも世の真理でもあるかの如く、上から目線で「格言」などと称し書き倒したがるのですから始末におけません。
まったく…絶対に友達に持ちたくないですなー(笑、いやまあ、それ位でなければ延々と活字と向き合う苦行を積むなど出来よう筈もありますまい。
スタンダールをはじめ、三島先生も、ひいてはアンサイクロペディアの守護神にして創設者、オスカー・ワイルド様の歪みっぷりなどは最たる好例です。
ですが、サガン姐さんの場合、彼らに比べ余りに夢が無い。
結局このヒト、夢、と称するものを死ぬまで持てなかったんじゃなかろうかって思います。少女時代に才能を認められ、ありとあらゆる欲に通ずるものを全部手に入れてしまったが故の不幸で、後の長い人生は倦怠と厭世そして絶望のみだったに相違ありません。
彼女の綴る言のひとつひとつが「言って欲しくない」言霊に成っているのです。
人間がこの世で一番他人から見せられたくないもの、聞かされたくないものとは自分自身の鏡、即ち心底であります。
サガンはそれをやってしまっているのです。
人の感情を刺激すると云う意味での才能は群を抜いて居りますし、小説家なれば称賛に値すべき感性なのかも知れません。
けれども、私は好きになれないのです。
前置きがもの凄ーく長くなりましたけれども、この『別離』、以上の理由もあってか如何に愛するカトリーヌ・ドヌーヴ主演であっても、脚本における夢の無さが常軌を逸してしまって居り、良い映画ですが決して何度も観るような作品ではないと、私自身をして断じているわけなのであります。
ま、実のところ、私がサガンを忌諱する理由はもっと単純です。
きっと自分では努力してもしてもどうにもならなかった、若くして成功した人物への嫉み、なのでしょう。
でもコレは私の持っている心の鏡の引き出しの奥底に、そっと仕舞い込んでおく事にします。
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